2005年10月12日

認知的不協和とデザイン

認知的不協和理論とは、社会心理学の用語。
例えば、ヘビースモーカーがタバコに火をつけようとしてライターに手を伸ばしたとき、テレビで「タバコが体に与える害」というニュース特集を見たとする。それはもう、恐ろしい悪影響があるという。
すると、スモーカーの心の中に、「うわっ!こんなにやばいのか!禁煙しなきゃいけないかも」という気持ちが沸き起こる。しかし、やっぱり無性にタバコを吸いたい気分。
このとき、「う〜ん、タバコ吸いたい」と「体に悪いんだよな〜」の葛藤が生まれる。この状態が『認知的不協和』

つまり、人間は自分の態度・思考・信念(すなわち認知されたもの)についてできるだけ一貫性を保とうとする性質があり、それと矛盾した考えが浮かんで葛藤を生じたときの、不快な精神状態のことをいう。
1980年代に、アメリカ人社会心理学者のレオン・フェスティンガーが提唱した理論である。

人間は、心の中に認知的不協和が発生すると精神が不安定になり、その不快な状況から逃れようとして、自分を納得させて安心できるように、自分の心理内に矛盾がないように、自分を褒めることが出来るように、考え方を変えて状態を正当化させようとする。

認知的不協和から逃れるための方法は、次の3つに分類できる。

1.認知を変える
2.認知的協和を加える
3.不協和の重要度を低める

これだけではなんのことやら分からないので、例を挙げて詳しく説明してみよう。

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posted by スズキユウヤ at 22:53| Comment(8) | デザインを考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月05日

デスクトップのデザイン

desk.jpg

この写真はマイPCのデスクトップ。
基本的にデスクトップには一切アイコンを置かないことにしている。
ショートカット類は画面下のツールバーで事足りるし。

机もできるだけさっぱりするようにしている。以前は思いついたことや、やらなければいけないことを附箋に書いてべたべた貼っていたが、視界に入る情報量が多いと精神的に追いつめられる気がしてならないのでやめた。その代わり、デスクトップの背景画像を自作して、そこに日々のテーマやモットーを入れてみた。

かなりスッキリして、いい感じになった。
朝、PCを立ち上げると自分のテーマが画面に表示されると、
さて、今日もやりますか。という気持ちが湧いてくる。

1人で楽しむのもつまらないので、せっかくだからここで公開します。気に入っていただけたら、どうぞ使って下さい。

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posted by スズキユウヤ at 21:40| Comment(2) | TrackBack(8) | デザインをしてみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月18日

ジャスパーモリソンによる「見るデザイン」

sofa.jpg

ジャスパーモリソンは、ミニマリズムの潮流を生み出したデザイナーの1人とも言われている、現代イギリスデザイン界を牽引するトップデザイナーであり、彼の作品は現代家具のメインストリームである「ニュー・シンプリシティ」を最も特徴的に体現している。
余計な要素をそぎ落とし、いわゆるデザインというフォルムの操作を感じさせない。時には彫刻のようなアート性を持つデザインを、またある時には万人に共通するそのモノのイメージをそのまま具現化したような、概念的な意味での究極のシンプルデザインを手がけている。

彼は、「デザインの半分は見ることである」と言う。
考えること、手を動かすことよりも、見ること重点を置いたデザイン。
巨匠のデザインの考え方に触れてみよう。
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posted by スズキユウヤ at 23:22| Comment(1) | TrackBack(0) | デザインを考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

感覚の質感〜クオリア(QUALIA)

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クオリア。聞き慣れない言葉。
認知科学や脳科学分野における新しい概念である。

たとえば、大切な人から贈られた深紅のバラを想像してみよう。一輪を手に取り、顔に近づけてみる。柔らかく、優しく鼻腔に広がる香り、ビロードのような花びら、みずみずしい茎、指先に感じる棘。そして目線を上げると、そこには大切な人の優しい笑顔がある。

これらの「印象」は私たちの心の中に生まれる主観的なものであり、容易に説明することができない。物質の成分のような、モノの物理的記述だけでは心理的な要因を説明することができないし、また、心理学的に心の動きを記述するだけではモノとの直接的な関連を説明することができない。
クオリアとは、モノが持つ客観的な要因と、脳内で生まれる主観的な印象の両方を説明するための、可能性に満ちた新しい概念である。

漆器職人が仕上げた漆塗りの杯を手に馴染む触感、クリエイティブを刺激するMacのデスクトップ、ブランドのネクタイを締めた時の引き締まった気分。これらは全てクオリアである。

この概念を念頭に置いてデザインを行うと、どんなモノができるだろうか。

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posted by スズキユウヤ at 07:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 他分野の理論〜デザインへの応用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月15日

カリム・ラシッドのマニフェスト

karimrashid.jpg

デザイナー、カリム・ラシッドの作品からは奇抜でアーティスティックな印象を受けるが、彼のデザインは確固たる意志に基づいている。
彼が提唱しているのは「脱生産化(deproductization)」である。

彼は現在盛んに言われている脱物質化社会(物質の生産を抑え、マテリアルとエネルギーの消費を一定値に抑制する社会)におけるデザイナーの役割を、脱生産化による環境の維持と位置付けている。
モノが溢れた物質社会においては、まず、より質が高く集約的なデザインを提供することでスタイルやそのバリエーション、ひいては流通するモノの量を減らす必要があり、さらにそのデザインの役割として、より質の高い生活への変化の提案、文化の向上を意図した提案、より楽しい体験をもたらす提案の3つの役割の必要性を提示している。

さらに、彼は脱生産化を念頭に置いたデザインを、現代の社会の中で成功させるためのポイントを以下のように言っている。

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posted by スズキユウヤ at 17:50| Comment(1) | TrackBack(0) | デザインを考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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